3月 3 2023
鹿児島
2月 28 2023
蛾次郎も戻りました。
2月 26 2023
屋久島巡りの旅 Day9(2/26) 名古屋へ

(縄文の宿 まんてん)
屋久島旅行の最終日を迎えました。
いつものことながら、楽しい時間はすぐ過ぎていきます。
朝風呂、朝ごはんをいただき、10時ごろ旅館をチェックアウトして、レンタカー屋さんに向かいます。

(屋久島最後の食事)
帰りも福岡経由のフライトです。小牧県営空港着は夕方5時過ぎの予定。
最後まで、気を抜かずに帰ります。
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2月 25 2023
屋久島巡りの旅 Day8(2/25) 永田から空港

25日、屋久島一周ドライブの最終日です。
①永田の民宿を発ち、
●東シナ海展望所
口永良部島が見えるスポットですが、もやっていて見ることができませんでした。
昨日、撮った写真をアップしておきます。正面に島が見えます。

●布引の滝
間近で見ることができます。迫力のある滝でした。

●八筈嶽神社(矢筈嶽神社)
海辺の洞窟の中にある神社。写真の中程に赤い鳥居が見えます。

神体は鳥居の奥、洞窟の中にあります。

●一湊灯台
神社のある岬の先端にある灯台

●志戸子ガジュマル公園

宮之浦港に到着。屋久島観光センターで買い物、そして「潮騒」でランチをするつもりでしたが、団体客で貸し切りとなってました。
ということで、楠川にある「じょんこう」でカレーを食しました。

そして、益敬(やく)神社と屋久島大社へのお参り二連チャンで、締めとさせていただきました。

今晩は縄文の宿「まんてん」で、天然温泉を満喫します。
2月 24 2023
屋久島巡りの旅 Day7(2/24) 尾之間から永田
24日夕方、永田の民宿にチェックインしました。
遺憾ながら、尾之間の民宿と同じく、WiFi が使えません。
概要だけをお知らせして、後日、写真などをアップしますので、了解ください。
(アップしました)

24日は
⑦尾之間の民宿を発ち、
●神父シドッチ上陸記念碑
宣教師シドッチが上陸した場所。

●⑧平内海水温泉
温泉が湧いており、干潮時前後になると、お風呂に入れます。

●直ぐ隣の湯泊温泉(海中露天風呂)
ここは満潮時以外は入浴できるそうです。

●中間ガジュマル

●屋久島フルーツガーデン
ボタニカルガーデン。フルーツがいっぱいなっていると想像していましたが、期待外れ。

⑨栗生浜海水浴場

●松竹でランチ
人気のそばやさん。

●⑩大川(おおこ)の滝


●西部林道
一車線の道路。対向車、道路に出てくる鹿、猿に用心して、慎重にドライブします。
二枚とも、動物がでてきてます。

●屋久島灯台

●永田いなか浜

ウミガメが産卵する浜。今はシーズン外。
●夕日の丘展望所

本日の予定は早めに終了。雨も降ってきたので、永田の民宿ながた岳に向かいました。
しかし、早すぎたこともあり、人が誰もおらず。近くのやっているかいないかわからないカフェに入ったところ、そこで話が盛り上がりました。
民宿の晩ごはん。3人のお子さんが家を出て、部屋が空いたので民宿を始められたとのこと。

体調は問題ありません。温泉のお陰か、筋肉痛も和らぎました。
明日は実質最終日。宮之浦経由で屋久島空港近くの旅館に入ります。
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2月 23 2023
屋久島巡りの旅 Day6(2/23) 安房から尾之間
注: 宿にWi-Fiがない(4Gは繋がっている)ため、概要だけアップしました。
環境改善次第、写真などを追加アップいたします。 ← 作業終了。
旅の後半に入りました。今日からは車で屋久島を一周しながら観光スポットを巡ります。

スタート地点は地図の⑤安房(あんぼう)。ここを起点に島を右回りして、④屋久島空港まで、約120 kmのドライブとなります。
●横峯縄文遺跡
安房の宿をチェックアウトし、近くにある横峯縄文遺跡を訪れました。3000年くらい前から人が住んでいた形跡があるところです。
、

●猿川のガジュマル

広大なガジュマルが広がるスポット。
●トローキの滝
滝から流れる水が直接海面に落ちる珍しい滝です。天気が良かったので、赤、緑、青の色模様が素敵だと思います。

●千尋(せんびろ)の滝
桜が開花したとのニュースをすこし前に新聞て読んだ通り、綺麗に咲いてました。


●尾之間灯台
JRホテルの裏側にあります。岩場を降りて海辺まででましたが、灯台は巨石の向こう側のため、姿は現れません。これ以上は危険だと考え、中断。
写真はWebよりお借りしました。

●民宿 朋
女将さん一人で賄っている民宿です。カウンター席で女将さんと話しながら、飲食。

●尾之間温泉。
宿の近くです。300年前からある温泉。45℃のとても熱いお湯(源泉は49℃)でした。


ドライブ旅、続きます。
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2月 23 2023
屋久島巡りの旅 Day5(2/22) 安房
2月 22 2023
屋久島巡りの旅 Day4,5(2/21,22) 縄文杉
(3月2日、補稿作業終了、写真追加アップ済)
トラブル発生。
13年間続けたブログの毎日連続更新が途絶えました。
21日は早朝から縄文杉の見学にでかけました。
同日14時過ぎに縄文杉にたどり着けたのはよいのですが、帰る時、(荒川登山口まで帰る)トロッコ道に出る場所を見つけることができません。
更に、探し回っているいる間に、人影が少なくなり、電話は通じないし、時間は過ぎていきます。
やむなく、野宿することにしました。(GPSによると、場所は縄文杉の左上方のようです)
幸い、食べ物、飲物は持っていました。また最低温度は10度なので、凍死するようなことはなさそう。
後で知ったことですが、戻らないお客のため、同夜、旅館「杉の里」のご主人が警察に捜索願を出してくれてました。
翌朝7時頃、日が出て明るくなってきたので、縄文杉の方向(下の方)に降りてみると、昨日会った男性二人と遭遇。(どうしてここにいたのかは不明。時刻は8時15分、場所は翁杉のところでした。

誘導していただき、岩場を降りていくと、捜索隊(警察官など7名)が上がってきて、救助されました。怪我はしていません。トロッコで荒川登山口まで移動(10時30分)、そして、11時40分に宿に帰着しました。

荒川登山口 22日10時30分
前日、縄文杉に向かう手前で、登山ガイドや経験者から、ここで引き返せとのアドバイスをいただいておきながら、それを無視して強行したことを大いに反省してます。
宿のご主人、救助に向かってくれた救助隊、警察の皆様に深く感謝。
そして、心配していただいた皆さん、本当にありがとう。

(これから行かれる方へ)
*ガイド本屋パンフレットに記載されている「所要時間」は若者の標準時間。高齢者は2倍かかります。
*ガイドツアーがおすすめです。単独登山はしないこと。
縄文杉は人生で一度は訪れてみたい場所です。きっと、人生観変わります。
(写真集)
午前6時頃、出発です。

トロッコ道をひたすら歩きます。


次第に明るくなってきました。

7時10分 小杉谷集落跡地
少し遅れ気味です。

8時前、楠川分れ着

三代杉
8時10分着
9時20分大株歩道入口着


大株歩道入口
ここでトロッコ道とお別れし、森の中に入ります。
因みに、ガイド本によると、荒川登山口からここまでの所要タイムは標準で150分に対し、200分かかりました。
入口の看板には、「縄文杉に行く人は、10時までには入山する」よう注意書きがありました。
9時20分だったので、まだOKと判断。
10時45分 ハート型で有名なウィルソン株です。大株歩道入口から標準で40分のところを、倍の80分くらいかかってます。


大王杉 13時頃

夫婦杉 13時20分

縄文杉 14時20分

目指す縄文杉に着きました。
昼までに縄文杉に着いて、戻りに入るのが普通のようです。周りに、もう人はいません。
急いで下山しようとしたのですが、トロッコ道への出口がわからず、縄文杉の左の方へ歩いて行き、
野宿することにしました。
→ お話はこのブログの先頭につながります。















3月 5 2023
屋久島 ~ 西郷隆盛上陸の地 ~
屋久島ブログの番外編です。
「西郷隆盛上陸の地」。
2月25日朝、永田を発ち、布引の滝の北にある一湊という港沿いを走行中、「西郷隆盛上陸の地」という記念碑が目に入りました。車を停めて、早速チェック。
どうやら、遠島される途中、風待ちで同地に立ち寄ったようです。
帰ってから調べてみたところ、、、
場所は、屋久島では最北部に位置する一湊。独特の地形から天然の良港として栄え、現在も屋久島を代表する漁港のひとつとして、特産のサバやトビウオなどの魚が盛んに水揚げされている。また、港に隣接する地域にはサバ節を製造する工場が立ち並び、集落に独特の薫りを漂わせている。
西郷隆盛(1828~1877)が一湊に滞在したのは文久2(1862)年6月。
意図して立ち寄ったわけではなく、風待ちのためだったようです。
西郷は、この年の1月に奄美大島龍郷から鹿児島へ戻されたされたばかり。しかし、島津久光の命に反して京都へと向かったことから捕縛され、山川港(指宿)の船中にとどめおかれることに、、、
そして、西郷に遠島(島流し)の藩命(二回目)が下ったのは6月6日。徳之島へ配流されることになり14日に山川港を出航。ただ、船は黒島方面へ流されて、18日に一湊に到着した。
この際には、その後喜界島へ流された村田新八も一緒におり、西郷の一湊滞在は、この村田新八の「宇留満日記」に記載されている。
25日に出航して再び徳之島に向かうまでの一週間、日記にはないが港周辺に広がる砂浜に腰をおろす西郷の背中などを想像してみると、西郷といえども、緊迫した政情に関われない焦りや今後への不安もあったのではないか。そのような不安定な気持ちの西郷の目に、屋久島の美しい風景がどのように映ったのか気になるところである。
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