10月 20 2017
マルサーラ (2)
ヌオーヴァ門を出ると、目の前に広大な空き地があります。実はこの空き地が大昔の人たちが住んでいたところで、現在は考古学公園となっています。
この地図で、6がマードレ教会、12がヌオーヴァ門。そして、左上の緑の部分が考古学公園。水色部分は海です。

現在、考古学公園には考古学博物館(左上の15)からしか入場できません。
よって、先に博物館を見学しました。
マルサーラ近辺から出土した銅像、モザイクなどが展示されてます。とりわけ名高いのがカルタゴの船(紀元前3世紀)。これに乗って戦争をしたようです。





そして、考古学公園。海に面した博物館の裏手に広大な敷地が広がります。ローマ時代の大通り、住居跡、墓などの遺跡があります。











考古学公園を出たあと、町中へ戻ってガリバルディ門へ。地図の1です。
イタリア統一の立役者であるガリバルディが率いる千人隊が1860年5月11日に上陸したところがこのマルサーラでした。よって、ガリバルディの名前を付す場所、建物が多くあります。


ランチは「地球の歩き方」に載っていた「ガリバルディ」で、魚入りのクスクスをいただきました。


締めはポポロ広場。20日に出かける「モツィア」行きのバスがここからでるので、その下調べ。












































10月 21 2017
モツィア
20日はモツィアへ行ってきました。カルタゴ遺跡と塩田で有名な所です。
マルサーラとモツィアの位置関係は下の地図の通り。モツィアに渡る船の乗場まで、バスで15分ほどです。
問題は、バスの本数がとても少ないこと。ポポロ広場から、事前に確認しておいた8時発のバスに乗りましたが、これを外すと午後までありません。
切符はターミナルにあるタバコ屋で購入。帰りの切符も一緒に入手しました。往復で2ユーロ。
通学のガキがいっぱい、バスもたくさん停まっているので、4番のバスとわかっていても探すのが大変。二度確認して乗り込みました。そして、運転手にモツィアで下ろしてくれるように、頼みました。
バスを下りると、塩田と風車の風景がひろがり、船乗り場があります。ここでも往復切符を買って船に乗り込みました。10分ほどでモツィアへ到着。
紀元前8世紀にフェニキア人が建設したカルタゴの町、モツィアは紀元前4世紀にシラクーサ人により滅ぼされ、その遺跡が18世紀後半になって発掘され始めました。それをしたのがマルサーラ酒で財をなしたイギリス人ホイタッカー。彼の別荘が現在はホイタッカー博物館となってます。
さて、前置きが長くなりました。
今回、モツィアで一番見たかったのが、これです。
紀元前5世紀の大理石像「モツィアの若者」。発見されたのが1979年とまだ新しいです。
こちらは泣き笑い仮面。
他にもたくさんの発掘品が展示されておりました。写真は省略します。
このあと、博物館を出て、島内の遺跡巡り。
島全体が遺跡といった具合で、なかなか見きれないと思います。それと、紀元前何世紀かの住居、神殿、墓場、聖地などだったというのはパンフレットで判るけれど、説明を受けないとよく理解できないのが残念。ガイドフォーンを導入すべし。
これはモザイクの家。床のモザイクが残ってます。
12時で見学完了。観光案内所で聞いた所、帰りのバスは15時発とのこと。
船の発着所の横にある出店で手作りハンバーガーをランチに頂きましたが、そこで話していた方より、マルサーラまで帰るので、一緒に送っていくとのオファーがあり、同乗させてもらいました。近所に勤めている人で、案内所の方が通訳をしてくれたので、大丈夫と判断しました。
21日はマザーラ・デル・ヴァッロへ出かけます。
By babehattori • イタリア, 旅行 • 2